Carl Zeiss C Sonnar 50mm F1.5レビュー:開放の狂気を楽しむレンズ

Carl Zeiss C Sonnar 50mm F1.5レビュー:開放の狂気を楽しむレンズ

開放F1.5という「狂気」

このレンズを初めて開放で撮ったとき、私は目を疑った。

ピントが合っているのに、像が滲んでいる。ハイライトの周りにはグローが発生し、まるでフィルターをかけたような描写。コントラストは低く、色は淡い。

これは不良品か。そう思った。

だが違った。これがC Sonnar 50mm F1.5の「開放」なのだ。

Carl Zeiss C Sonnar T* 1.5/50 ZM。1932年に誕生したゾナー設計を、現代のMマウント用に復刻したレンズ。90年以上前の光学設計を、あえてそのまま再現している。

開放F1.5の描写は、現代のレンズとは根本的に違う。収差を補正するのではなく、収差を「表現」として使う。それがゾナーの哲学だ。

ゾナー設計の歴史

少しだけ歴史の話をさせてほしい。

ゾナー(Sonnar)は、1932年にルートヴィヒ・ベルテレが設計した。当時としては驚異的なF1.5という明るさを実現しながら、レンズ枚数を6枚に抑えた革新的な設計だった。

名前の由来は、ドイツ語の「Sonne」(太陽)。明るいレンズには太陽の名がふさわしい。

オリジナルのゾナーは、開放では収差が残る。だが、それは「欠点」ではなく「設計」だった。当時の技術では、収差を完全に補正しながらF1.5を実現することは不可能だった。ベルテレは、収差を残しながらも実用になるバランスを見つけた。

Carl Zeiss C Sonnar T* 1.5/50 ZMは、その設計思想を現代に蘇らせた。T*コーティングで逆光耐性を向上させつつ、開放の描写はオリジナルに忠実。これは「復刻」であり、「改良」ではない。

開放F1.5の世界

開放で撮ると、何が起きるか。

まず、ピント面が滲む。シャープではない。だが、不思議と被写体は浮き上がって見える。収差がソフトフォーカスのような効果を生んでいる。

次に、ハイライトにグローが発生する。光源の周りがぼんやりと光る。これは球面収差の影響だ。現代のレンズでは「欠点」として補正される。だがゾナーでは、これが「味」になる。

そして、ボケが独特だ。二線ボケは出にくいが、輪郭がやや硬い。グルグルボケと呼ばれる渦巻き状のボケが出ることもある。

C Sonnar 50mm F1.5で撮影した夕暮れの風景
C Sonnar 50mm F1.5で撮影。開放付近での独特の描写が味わえる Photo by Sigfrid Lundberg / CC BY-SA 2.0

Nikon Zfで使ったときの発見

私は最初、このレンズをNikon Zfで使っていた。

ZfのIBIS(ボディ内手ブレ補正)のおかげで、開放F1.5でも手持ち撮影ができる。シャッター速度1/50秒が限界だったオールドレンズの世界が、1/8秒まで広がった。

だが、それ以上に驚いたのはEVFでの体験だ。

開放でピントを合わせると、EVFの中で像が滲んでいく。ピントの山を探しながら、光のにじみ方が変わっていく。まるで水彩画を描いているような感覚。

この体験は、光学ファインダーでは得られない。EVFだからこそ、開放の「狂気」をリアルタイムで体験できる。

Leica Mで使う意味

半年後、私はLeica M Typ 240に移行した。

レンジファインダーでC Sonnarを使うと、また違った世界が見える。ファインダーで見る像と、実際に撮れる像が違う。開放の滲みはファインダーには反映されない。

これは欠点か。

私はそうは思わない。

レンジファインダーでは、撮影者は「想像」しなければならない。このシーンを開放で撮ったら、どんな像になるか。経験と勘で予測する。その予測と結果のギャップこそが、フィルム時代の撮影体験だ。

C Sonnarは、そういう時代のレンズなのだ。

絞ったときの変貌

開放の話ばかりしてきたが、このレンズの本当の面白さは「変貌」にある。

F2.8まで絞ると、像は一気にシャープになる。グローは消え、コントラストが上がる。開放とは別のレンズかと思うほど、描写が変わる。

F4ではさらにシャープに。F5.6で最高の解像力に達する。この絞りでの描写は、現代のレンズにも引けを取らない。

つまり、このレンズは絞り値によって「性格」を変える。

開放ではドリーミーでソフト。絞ればシャープでコントラスト高め。一本のレンズで、二つの表現ができる。これは、収差を「補正」した現代のレンズでは得られない価値だ。

C Sonnar 50mm F1.5で撮影したニューオーリンズの街
絞り込むと一転してシャープな描写に。同じレンズとは思えない Photo by Randall R. Saxton / CC BY 2.0

Nokton 40mmとの使い分け

私は普段、Nokton Classic 40mm F1.4をメインで使っている。では、C Sonnar 50mmの出番はいつか。

Nokton 40mmは「日常」のレンズだ。開放でも実用的なシャープさがあり、ゾーンフォーカスで素早く撮れる。ストリートスナップの相棒。

C Sonnar 50mmは「表現」のレンズだ。開放の描写は実用的ではない。だが、その非実用性こそが価値になるシーンがある。

夕暮れのポートレート。逆光の中のシルエット。光と影のコントラストを、滲みで表現したい場面。

C Sonnarの開放は、そういう「特別な瞬間」のために存在する。

10万円という価格

正直に言おう。C Sonnar 50mm F1.5は、10万円を超える。

Nokton 40mm F1.4が4万円台で買えることを考えると、決して安くはない。だが、Carl Zeissの名を冠し、T*コーティングを施し、日本のコシナが製造する。この品質で10万円台は、むしろ良心的だと思う。

Leicaの50mm Summiluxは50万円以上する。同じゾナータイプの描写を、その5分の1の価格で体験できる。

もちろん、SummiluxとC Sonnarは別物だ。だが「開放で滲む」という体験は、どちらでも得られる。

1932年のゾナー設計を現代に復刻。開放F1.5の独特の描写と、絞った時のシャープネスを両立。

¥104,456 (記事作成時の価格です)

rakuten.co.jp

実用性を超えた価値

C Sonnar 50mm F1.5は、実用的なレンズではない。

開放ではシャープに撮れない。AFもない。手ブレ補正もない。現代のカメラが当たり前に持っている機能を、すべて欠いている。

だが、それでいい。

このレンズは、実用性を求めるものではない。90年前の光学設計を、現代に体験するためのタイムマシンだ。

開放で撮ったとき、私はベルテレの設計思想に触れている。彼が見ていた光を、私も見ている。

光学で起きたことは、光学で愛せ。

C Sonnarの開放は、その言葉を最も強く体現したレンズだと思う。

どんな人におすすめか

おすすめできる人

  • 収差を「表現」として使いたい人。開放の滲みは、意図的に使えば強力な武器になる。
  • ゾナーの歴史に興味がある人。90年前の設計を現代で体験できる貴重な機会。
  • すでに実用的なレンズを持っている人。C Sonnarは「追加」のレンズとして最高。

おすすめしない人

  • 万能な一本を探している人。開放の描写は実用的ではない。
  • シャープさを最優先する人。開放ではシャープに撮れない。
  • 初めてのMマウントレンズを探している人。Nokton 40mmの方が扱いやすい。

狂気を楽しむ

C Sonnar 50mm F1.5の開放は、確かに「狂気」だ。

現代の基準では、欠点だらけ。シャープではない。コントラストが低い。グローが出る。

だが、その「狂気」こそが、このレンズの存在意義だ。

完璧なレンズは、すでにたくさんある。AF、手ブレ補正、高解像度。技術は進歩した。

だが、進歩の過程で失われたものもある。収差を「味」として楽しむ感覚。光学設計者の意図を、そのまま体験する喜び。

C Sonnar 50mm F1.5は、その失われた体験を取り戻すためのレンズだ。

便利じゃない理由には、だいたい意味がある。開放F1.5の「狂気」には、90年の歴史が詰まっている。

今回紹介したレンズ

1932年のゾナー設計を現代に復刻。開放F1.5の独特の描写と、絞った時のシャープネスを両立。

¥104,456 (記事作成時の価格です)

rakuten.co.jp

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松本 幹也

不便さを愛し、収差を「絵筆」として使う哲学者。コシナレンズとLeicaを愛するSIerインフラエンジニア。

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