【対談】収差は味か、欠陥か:オールドレンズ派と完璧主義者が語り合う

【対談】収差は味か、欠陥か:オールドレンズ派と完璧主義者が語り合う

はじめに

マイギアのライター二人が、収差について語り合った。

松本 幹也:オールドレンズを愛し、収差を「味」として楽しむレンズ沼の住人。Leica M Typ 240とVoigtländer Nokton 40mmを愛用。

中村 徹:完璧な光学性能を追求する品質管理のプロ。Nikon Z7 IIとS-Lineレンズで、収差のない世界を目指す。

価値観は違うけれど、写真が好きという点では同じ。お互いの考えを聞いてみよう。


収差とは何か

中村:まず定義を整理させてほしい。収差とは、レンズが理想的な像を結べないときに生じる光学的な誤差のことだ。球面収差、コマ収差、非点収差、像面湾曲、歪曲収差、色収差。これらは設計上の制約から生じる。

松本:うん、定義としてはその通りだね。僕も収差が「理想からの逸脱」だということは理解している。ただ、その逸脱を楽しんでいるんだ。

中村:そこが面白いところだよね。僕は逸脱を最小限にしたいと考えるけど、松本さんは逸脱を積極的に使う。

松本:そうそう。同じ現象を見ているのに、解釈が違う。これって写真の面白さだと思うんだ。


開放の滲みをどう見るか

松本:僕が愛用しているC Sonnar 50mm F1.5は、開放で盛大に滲む。ピント面も完全にはシャープにならない。ハイライトにはグローがかかり、背景は独特の渦を巻く。

中村:MTFチャートで見ると、開放の数値はかなり低いはずだよね。

松本:低いね。でも僕は、その描写を「水彩画の滲み」のように感じている。光が柔らかく広がる感覚が好きなんだ。

中村:なるほど。水彩画か。絵画的な表現として捉えているわけだね。

松本:そう。1932年にこのレンズを設計したルードヴィヒ・ベルテレは、開放でどう写るか分かっていたはず。それでもF1.5という明るさを選んだ。当時の技術的制約もあっただろうけど、僕はそこに設計者の意図を感じるんだ。

中村:設計者の意図か。それは興味深い視点だね。僕は技術の進歩で収差を克服できるようになったことを喜んでいるけど、あえて古い設計を選ぶ理由も分かる気がする。


MTFチャートの価値

中村:僕がレンズを選ぶとき、まずMTFチャートを確認する。10本/mmと30本/mmのコントラストと解像度、S線とM線の乖離、周辺部の落ち込み。客観的な指標として信頼している。

松本:MTFチャートは見たことあるよ。ただ、それだけでは写真の印象は分からないと思っていて。

中村:それはそうだね。MTFは性能の一側面を示すだけだ。ただ、性能が高いレンズは選択肢が広がると思っている。開放でもシャープだし、絞ればさらにシャープ。必要なら後処理で雰囲気を足すこともできる。

松本:後処理で収差を足す、というのは面白いアプローチだね。ただ僕は、光学的に生じた滲みには、そのレンズ固有の「癖」があると思っていて。その癖は後処理では完全には再現できない気がするんだ。

中村:確かに、光学的な現象と後処理のエフェクトは、厳密には違うかもしれない。僕は「結果が近ければいい」と考えるタイプだけど、松本さんはプロセスも大事にしているわけだね。


完璧なレンズの魅力

中村:僕が使っているNIKKOR Z 50mm f/1.8 Sは、開放から非常に高い性能を発揮する。周辺部まで解像度が落ちにくく、色収差もほぼ感じない。

松本:中村さんは、その完璧さで何を撮っているの?

中村:何でも撮れる、というのが魅力だね。ポートレートでも風景でも、レンズの性能が制約にならない。被写体そのものを、できるだけ忠実に記録したいと思っている。

松本:「忠実に記録」か。僕は「解釈して表現」したいと思っていて、そこが違うのかもしれないね。

中村:そうだね。僕は撮影時にできるだけ多くの情報を記録して、後処理で表現を作り込む。松本さんは撮影時にレンズの個性で表現を決める。アプローチが逆なんだ。

松本:どちらが正しいというわけじゃないよね。

中村:うん。目指すゴールが違うだけだと思う。


等倍で見るか、全体で見るか

中村:僕は撮影後、等倍でチェックする習慣がある。ピントの精度、ブレの有無、ノイズの量。自分の技術を客観的に確認したいんだ。

松本:僕は等倍では見ないな。写真は全体で見るものだと思っていて、細部より全体の空気感を大事にしている。

中村:それも一つの考え方だよね。僕は細部を確認することで、次の撮影に活かせると思っている。

松本:なるほど。改善のためのフィードバックとして使っているわけだね。

中村:そう。写真の良し悪しとは別に、技術的な精度は測定できる。その測定を続けることで、少しずつ上達していると実感している。

松本:ストイックだなあ。僕はもっと感覚的に撮っているから、そういうアプローチも参考になる。


お互いの機材を使ってみたら

松本:中村さんのS-Lineレンズ、一度使わせてもらったことあるけど、確かにシャープだった。開放からビシッと解像する。

中村:松本さんのC Sonnar、僕も触らせてもらったけど、あの開放の描写は確かに独特だった。「味」という表現も分かる気がした。

松本:お、意外。

中村:いや、理解はできるんだよ。自分が日常的に使いたいかというと別だけど、表現の道具として面白いと思った。絞ると急にシャープになるのも驚いた。

松本:そうなんだよ。F2.8くらいから別のレンズみたいになる。一本で二つの顔を持っている感覚。

中村:S-Lineは、開放から絞りまで一貫して高性能。安定感がある。松本さんのレンズは、変化を楽しむ感じだね。

松本:そうそう。どちらが良いというより、求めているものが違うんだよね。


まとめ:多様性こそ写真の面白さ

松本:今日話してみて、改めて思ったけど、収差を「味」と呼ぶか「欠陥」と呼ぶかは、価値観の問題だね。

中村:うん。光学的な事実としては、収差は理想からの逸脱だ。それをどう解釈するかは、撮る人次第。

松本:僕は逸脱を楽しむ。中村さんは逸脱を最小化する。どちらも写真への向き合い方として正しいと思う。

中村:写真の世界に「正解」はないからね。大事なのは、自分が何を求めているかを理解すること。

松本:そうだね。オールドレンズの描写が好きな人もいれば、現代レンズの精緻さが好きな人もいる。その多様性が、写真を面白くしている。

中村:収差のあるレンズしか使ったことがない人は、一度S-Lineを試してみてほしい。現代の光学技術の到達点を体験できる。

松本:S-Lineしか使ったことがない人は、オールドレンズを試してみて。違う世界が見えるから。

中村:お互いの良さを知った上で選ぶのが、一番いいよね。

松本:うん。それが機材選びの醍醐味だと思う。


今回登場した機材

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松本 幹也

不便さを愛し、収差を「絵筆」として使う哲学者。コシナレンズとLeicaを愛するSIerインフラエンジニア。

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